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不登校の息子が感じた学校の息苦しさ [通信原稿]

小森 糸さんの実践報告を読んで

 私の息子は小学校1年生の時、「学校に怪獣がいる。学校より大きい怪獣がいるから怖い」そう言って学校にいかなくなってしまいました。初めの頃は何か嫌なことが学校にあるのだろうなと思っていました。小森さんの実践記録を読んだ今は、怪獣が「学校の息苦しさ」であることが想像できます。

 そして当時の私もその後「息苦しさ」という表現ではありませんが、それを感じることになりました。最初に実感したのは、息子が通う小学校で、1年生全員に書くよう指導されていた「誰とでもお友達ノート」というものです。〝今日は誰々と遊んで楽しかった″〝今日は誰々ちゃんと遊んで嬉しかった″と、お友達の名前をあげて毎日記録するものでした。A4版の縦線が引かれたそのノートは、書き込む欄が2行ほどのもので単なる記録でしかなく、これは日記ですらないのだと感じたのを覚えています。家に持ち帰るものではなく、帰りのホームルームで記入し提出するものでしたので、授業参観でそれを知り大変驚きました。

「誰でもお友達ノート」の意味を先生に尋ねてみました。「早くみんなとなかよくなってもらいたい。好き嫌いなく誰とでも遊べることが大事だから」と言われました。友達関係を作ることが、まるで評価される ような事になってはいないか、それで、本当の友達になれたとはいえないのではないか、と話しましたが、「学校ではそういった形から入って行くことも必要な場合がある」「学年で話し合って決めたことだから、今後も続けます」と言われ引き下がるしかありませんでした。

 私の息子は、実は幼稚園を年中組の時、中途退園しています。人見知りが強かったために友だちは限られており、本当に心を許せる友だちと、コアな付き合い方しかできないようでした。年少組の時にすごくなかよしになったユウ君が大好きで、その子と遊ぶのが楽しみで通っていました。でも年中組に上がる時、クラスが別々になってしまったのです。

 嫌がりながらもしばらくは通いましたが、「早く外に出らんねー」という普段より強めの声となっていた頃、中途退園しました。息子は「運動会の練習は嫌い。先生が怒ってばかりいる」と言っていました。運動会前の練習が佳境に入り、担任の若い先生の焦りが怒っているように見えていたのでしょう。

 本題に戻ります。そんな性格の息子にとって「誰とでもお友だちノート」は苦痛以外の何物でもなかったのです。でも先生はそれが子どもたちのためになる事だと確信しておられました。「息子さんがそれが苦痛なら毎日ではなくても、遊べた時だけ書いてくれたらいいから」と言われました。

 しかし、クラス全体でみんなが取り組んでいて、「今日は誰と遊んだ?」「私は○○ちゃん」「俺、○○と遊んだ」とやっている中に一人だけ話題にも入れないならば、書かなくてもいいと言われても、居心地が悪くてたまらないだろうなあと思いました。

 学校に行きたくなくなったのは、勿論それだけが理由ではありません。入学式の日から兆候はありました。そのクラスは入学式当日から、子どもたちはみんなくったくが無く、教室に入っても自由に楽しんでいました。先生が「みなさーん、聞いてね」と話しかけてもワイワイ、ガヤガヤ、おしゃべりが止まらない子どもで溢れていました。中には指導的立場の子がいて「みんな!先生がお話してるよ、黙らんね!」と大きな声で叫んでいる子もいて、それはそれは賑やかでした。

 私は昔自分が小学校に入学した時と、あまりに違う状況にたいへん驚きました。嬉しさの反面緊張を伴ったはじめての学校ですから、まわりの友だちをチラチラ見るくらいはしますが、先生がしゃべり始めた時は、集中してみんな聞いていましたから。昔のような当たり前と思っていたコミュニケーションの取り方は学校で通用しなくなっているのかなあと思い、先生も大変だなあと思っていました。

 息子のクラスの先生は、怒りもせず優しい声で、「みなさーん聞いてね」と忍耐強く繰り返していました。そんな状態の中で息子は、怒ったような困ったような顔をして腕組みをして口をグッと結んで、じっと前を見つめていました。先生を見ているのでもありません。ただ前を見ているだけでした。

 その後完全に不登校になりましたので、その時の息子の中で何が起きていたのか、ずっと考えてきましたが、おそらく先生とクラスの騒々しい同級生たちの間で板挟みのようになって、自分がどう振舞っていいのかわからないでいたのだと思います。こうすべきだということを発信する勇気もないし、一緒に騒ぐこともできないし、どうしていいのか分からず困り果て、自分にもみんなにも怒っていたのかなあと思っています。

 そんな下地の元に、先生方が信じてやまない「この子たちのためには、こうあらねばならない」といった決め事や、そういった苦しみや辛いことを「乗り越えて」いくことこそ学校の役割だという、学校の中にある様々な理由が重なり合って不登校になっていったのだと思っています。これはやはり学校にある「息苦しさ」だと思います。「生き苦しさ」かもしれません。しかも多くの場合、先生方の教育者としての信念であり善意であるので、簡単には変えることはできません。

 小森先生が〝小さなわたし″のことを書いておられます。息子に重なる部分が多く、涙が出そうになりました。

『成長は「社会で生きるために元気な体と、明るくたくましい心をとを身につけた強い人間」に向かうためのもであることが、学校に感じていた「息苦しさ」だったのではないかと思う』というところがあります。

 これも強く共感できる言葉です。みんなが強く、たくましく、元気でなければ社会で生きていけないのか、そのためにはそれができない子は「乗り越える」事しか社会で生きて行く方法はないのでしょうか。なかなか乗り越えられないでいる自分を肯定できなければ、いつまでたっても本当に「乗り越える」ことはできないと思います。だから「乗り越えたふり」をするしかなくなります。それがかつてよく言われたいた「透明な自分」を作り出していったのだと思います。今もそのような状況は変わっていないのでしょうか。

 小森先生のすごいところは、自分の経験を元に、教育の営みに思考を馳せていったところです。「頑張っていないありのままのわたし」でいられる高校に出会ったことが、小森先生の独特の探究心を呼び起こしたのではないでしょうか。

 通常であれば子どもの頃、自分が苦しい思いをした学校に再び戻って教師として生きようとは思わないのではないかと思ったので「独特の探究心」と表現しましたがそこが小森先生の素晴らしさだと思うからです。

 今の学校の中にある「当たり前と思われているが実は普通ではないこと」が浮き彫りにされているところが、よく分かるのが、公立の学校と現在お勤めの通信制の学校との対比でした。

 「不自然で不必要なことを強いる教師の姿」は学校が「教育とは強制である」ことを実践している証拠だと思いました。子どもたちが、自分を否定しながら、それさえも〝慣れること″で〝乗り越え″ていく様は正に〝強制″に成功した結果ではないでしょうか。強制に成功したからといってそれが〝成長″といえるのかとても疑問に思います。

 通信制の高校は「学びというものから疎外されてきた子どもたち」の〝生き直し″をしなければならないので、本来ならば相当難しい教育の場であるはずです。また、公立の普通の高校であればありえないような概念を持たなければ、通用しないのに「自分が自分でいて嬉しくなれる時間」を教師が共有しているというのはほんとうにすばらしい学校だと思います。その状況に自分をも解放しながら、傷ついてきた子どもたちに対応できているのですから、小森先生にとっても、子どもたちにとっても、その子たちの親にとっても、とても幸せなことだと思います。

 私の息子は小学1年生の1学期の半ばで学校に行くことをやめ、中学校には全く行きませんでした。親たちで作ったフリースペースに7歳から12歳まで通いました。13歳の時にそのフリースペースから3人で〝独立″し自分たちの新たなフリースペースを作ってそこで過ごしました。不登校を考えるお母さんたちであり、運営委員である方々の助けを得ながらの3年間でした。

高校は通信制の高校に通い、今は大学3年生となりました。長い間学校に通わなかった事の影響が全く無いのかといえば否定はできませんが、息子にとっては、学校に行かなかったことの方が、前出の〝強制としての教育″の影響を受けることなく育ってきたことは良かったのではないかと思っています。

 小森先生、貴重な自分の経験の報告を読ませていただき、たいへん感謝しています。子どもが不登校の真っ只中であった時にこの実践報告を読んでいたら、多分、号泣していたと思います。理屈では学校のあり方や教育に問題があると考えてはいても、親はどうしても自分の育て方に問題があったのではないかと思ってしまうからです。いつもどこかに引け目を感じているからです。

担任をしてくださった先生たちはみんないい方ばかりでした。優しくて、いつもうちの息子を気にかけてくださいました。でも、学校や教育についての意見が合うことは一度もありませんでした。「学校はそもそも楽しいところではないのですよ」と言った先生。「お母さん、そういうこと(教育のあり方の問題)を考えない方が息子さんのためになると思います」と言った先生の言葉を今思い出しています。

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